夏馬の眼

心に残る本や映画のお話しです。

『だがしかし』――コトヤマ

ベストセラーコミックを取り上げるのもどうかと思うが、とはいえ、正直なところ思いがけず良かったものだから、そんなつまらないカッコつけはやめて取り上げます。 いわゆるオッサンとしては、 ・駄菓子が懐かしい(子供との話題にもなる) ・ほたるさんが妙…

『眼の誕生』――アンドリュー・パーカー

言わずと知れた名著である。 なぜカンブリア紀に生物の爆発的な多様性が起きたのか?に対する回答が、「眼の誕生」の意味するところなのだが、実を言うと、カンブリア紀についてこれだけテーマを絞って書かれた本というのは、本邦ではこれしかない。(昨年の…

『137億年の物語』――クリストファー・ロイド

「宇宙が始まってから今日までの全歴史」とのサブタイトルがついている。大きな話だ。大きすぎて眩暈がする。500ページに迫る大部だが、おもしろいのは300ページまで――そこで、コロンブスが登場する。それ以降、読者はひたすらこの星における人類の愚かな振…

『ACCA13区監察課』――オノ・ナツメ

オノ・ナツメというのは不思議な作家だ。デビュー以来、体温が変わったことがない。作品と作品の間でもそうだし、作品の中でもそうだ。常に平熱。オノ・ナツメの体温。 本作は架空の連合王国における「監察課」という役職の物語。主人公のオータスと、その妹…

『経済学・哲学草稿』――カール・マルクス

『資本論』を読んでいるよりも『経哲草稿』を読んでいるほうがいカッコいい――と、誰だかった忘れたが、高校生のときに言われた記憶がある。 それを真に受けて、私も『資本論』は巷でよく言われるように第一部だけさっと目を通し、あとは『経哲草稿』を繰り返…

『素数ゼミの謎』――吉村仁

ちょっと古い本だが、経年劣化に耐え得る良書。 ここで扱われているのは、有名な13年ゼミや17年ゼミであり、日本のセミはほとんど出てこない。日本のセミは素数と関係していないからである。恐らくそれは、天敵やら細菌やら、日本のセミを素数へと導く淘汰圧…

『双子の遺伝子』――ティム・スペクター

同じ塩基配列を持ったクローンであるはずの一卵性双生児が、なぜ、似ても似つかぬ人生を送るのか? 性格も違えば能力も違う、体つきも、罹る病気だって違う。これはいったいどういうわけだ? というお話である。 そこで、「エピジェネティクス」なる考え方が…

『山月記』――中島敦

隴西の李徴は博学才頴、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった。いくばくもなく官を退いた後は、故山、虢略に帰臥し、人と交わりを絶って、ひたすら詩作に…

『Papa told me』――榛野なな恵

Wikipediaには、「都会で孤独に生きる人の心を繊細に描いており、この点も読者の共感を呼んでいる」とずいぶん柔らかく表現されているが、「孤独に生きる人」というのは、結婚しない人であり、子供を持たない人であり、母子・父子家庭の人であり、そして――こ…

『ファスト&スロー』――ダニエル・カーネマン

行動経済学を学び始めるのに、これ以上のものはない。いま、書店にはリチャード・セイラーの本が並んでいるようだが、まずはカーネマンの本書を読まなければならない。いや、まずもなにも、おそらくこの一冊で充分である。これ以上のものは現時点では存在し…

『1973年のピンボール』――村上春樹

初期三部作の一冊という位置づけにはなっているようだけれど、これは村上さんの作品の中でもちょっと異質な物語だと、私は感じている。 そしてこれも、『愛のゆくえ』と同じく、何度も読み返してきた一冊である。気分がいいから、というのがその理由だ。 か…

『愛のゆくえ』――リチャード・ブローティガン

読むたびに同じシーンで笑い、同じエピソードで考えさせられ、最後は気分良く本を閉じることができる。だからつい何度も読んでしまう。 本書はそうした貴重な一冊。 なんの仕事なのだかさっぱりわからないのだが、しかし、休むことなく真面目にそれを勤めて…