夏馬の眼

心に残る本や映画のお話しです。

『愛のゆくえ』――リチャード・ブローティガン

読むたびに同じシーンで笑い、同じエピソードで考えさせられ、最後は気分良く本を閉じることができる。だからつい何度も読んでしまう。

本書はそうした貴重な一冊。

なんの仕事なのだかさっぱりわからないのだが、しかし、休むことなく真面目にそれを勤めている男のもとに、絶世の美女が現れる。そしてこの絶世の美女もまた、自分が産まれ持ってしまった問題に、真面目に苦しんでいる。

物語は軽快に、やや切なさを帯びながらも、愉快なシーンを織り交ぜつつ、最後まで飽きさせない。ここには悪い人間はひとりも出てこないのだ。変わった奴や困った奴やいかがわしい奴らは出てくるのだが、主人公のふたりはやはり祝福されていると言っていいのだろう。

生きるということは、こんなにも容易いものなのである。だから、切なく、愛おしいのだ。ここに描かれているのは、いわば現代を生きることの退屈さについて、ではないかと思う。彼らは退屈している。真面目に退屈に浸っている。それをつまらないことで紛らせてしまうようなことはしない。真面目だから。

飛行機や新幹線に乗ってちょっと長い移動をするさいに持って行きたい。その辺にある中途半端な規模の書店で見つけるのは難しいと思うので、家から持って行く。バッグにこの本が入っているだけで、例えば空港のロビーを歩くことも、ちょっと楽しくなる。そんな一冊である。