夏馬の眼

心に残る本や映画のお話しです。

『ファスト&スロー』――ダニエル・カーネマン

行動経済学を学び始めるのに、これ以上のものはない。いま、書店にはリチャード・セイラーの本が並んでいるようだが、まずはカーネマンの本書を読まなければならない。いや、まずもなにも、おそらくこの一冊で充分である。これ以上のものは現時点では存在しない。

確かに、入門書としてはいささか大部に過ぎると感じるかもしれない。しかし、中途半端な理解で行動経済学を語り失笑を買って恥ずかしい思いをしたくないのであれば、覚悟を決めよう。ここにはすべてがある。足りないものはない。

ただし、先に忠告しておくけれど、行動経済学というのは実に「いやらしい」学問である。読む側の度量が問われる。腹を立ててはいけない。にやっと笑えるような、おおらかな気持ちで臨まなければいけない。闘ってはいけない。いなす感じで受け止めよう。ここに書いてあることはおそらく真実だが、あなたをバカにするつもりはないのである。

そう、行動経済学とはそういう学問だ。我々を恥ずかしさのあまり赤面させ、挑発してくる。しかし、怒ってはいけない。ここで怒ったら、あなたの敗けだ。私たちが、ボードリヤールの言うところの「消費者」であることは、決して恥ずかしいことではない。それを知らずにいることこそを恥ずべきなのである。

とにかく肩の力を抜いて、一章ずつ、少しずつでいいから、楽しみつつ読んでほしい。決して無駄な時間を過ごすことにはならないはずだ。それだけは請け負える。