『1973年のピンボール』――村上春樹
初期三部作の一冊という位置づけにはなっているようだけれど、これは村上さんの作品の中でもちょっと異質な物語だと、私は感じている。
そしてこれも、『愛のゆくえ』と同じく、何度も読み返してきた一冊である。気分がいいから、というのがその理由だ。
かつて狂ったように嵌まり込んだ一台のピンボールマシンを探す旅物語である。いや、実際に旅に出るわけではない。象徴的な意味合いでの〈旅〉だ。
そのピンボールマシン――廃棄を免れてコレクターの手に渡っていた唯一の一台――に出会うことで、主人公の中でなにかが不可逆的に変質する。あるいは、その不可逆的な変質に促されて――ちょうど寄生虫に操られていることに自覚がないように――その一台のピンボールマシンを探して歩く。
月並みな表現だけれど、「ああ、もう戻れないんだな」ということを、そのピンボールマシンと再会することで、主人公は受け入れるのだ。
だからこれは、高校生や大学生が読む本ではなく、三十代くらいで読むのがいい。そうすると、「どこに戻れないのか」が身に沁みてわかる。そういう作品である。